合気道の源流を探して・・①

あんまり他人に話すことは無かったんですが・・実は僕・・「古武術」マニアなんです・・。

なんじゃそのヘンチクリンな趣味は?って話なんですが・・。

高校では合気道、北京に行ってからは中国拳法を習ったんですが・・実はそれもこれも二人の武術家に憧れてたからなんですよね・・。

一人は中国武術史上最強(最凶)と恐れられていて、清朝末期に実在した八極拳の達人「神槍・李書文(この人の話はまた後日」、

もう一人は近代合気道の開祖「植芝盛平」の師匠である大東流合気柔術の中興の祖「武田惣角」その人です・・。

大東流合気柔術については成り立ちに置いて諸説あるようですが、戦国時代甲斐武田氏の御留技だった武術が、武田氏滅亡後会津藩の上級武士にのみ極秘裏に伝えられ、その会津御式内(おしきうち)と名を代えた必殺の技法を、武田惣角が幕末のどさくさの中で引継ぎ編纂を加え新たに創始した、という説が有力なようです・・。

この武田惣角と言う人は、もう我々古武術好きからしてみたら知らない人は居ないくらいのマニア垂涎の人物で、身長が150センチも無いのにも関わらず、濡れた手拭いを手刀の様に使い60人のヤクザの骨を折り叩きのめしたり、秋田警察署の柔道場で当時日本一と言われた猛者を片手一本でブッ倒したりと、数々の伝説に彩られた超人的な武術家なんです・・。

僕は彼の本だけで20冊以上持ってる超超大ファンなのですが、先日仕事で福島県会津若松市に立ち寄った時、武田惣角大先生の生家が近くの坂下町にあり、お孫さんの武田宗光という方がそこで正伝の大東流を伝えてるという話を聞きつけ、居ても経ってもいられなくて行ってみました・・(^_^;)

詳細は後程・・。

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