数年前、最後の湯ノ岱マタギとして全国的にも有名な菅詔悦(すがしょうえつ)さんから頂いたニホンカモシカの角・・。
秋田県立図書館で「消えた山人、昭和の伝統マタギ」という本を見ていたら、興味深い一文がありました・・。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
「意外にも思えるのだが『山人』のマタギは『海人』とも交流があったようだ。
マタギが狩猟したカモシカの角が三陸地方のイカ釣り用の擬似餌として引っ張りだこになっていたというのだ。
カモシカの角は海中で蒼く光り、そこにイカが集まる。
米一俵が7円くらいの頃、カモシカの角一本20円程で売れたという。
そのため秋田のマタギはカモシカ狩りに力を注いだそうだ。
昭和9年にカモシカが国の天然記念物になり、角の入手は困難になった。
これがマタギ衰退の一因かもしれない。
カモシカの角で一番高く取引されていたのは『飴色角』だ。
飴色角を一本持っていれば千金を持った事を同じになる。
当時はこの飴色の角を海中に入れただけでイカのみならず大漁になるため一財産や二財産はすぐに稼げたという』
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
ということは現在の値段(米一俵2万円程度)に換算すると、当時はカモシカの角一本が6万円程で取引されていたことになります・・。
なんかアフリカの食人族のチ○コケースみたいだなくらいにしか思ってなかったけど・・。
たまに首に掛けて出掛けてみよっと・・。
コメントを残す