僕のオヤジの実家(秋田市太平寺庭)に400年来伝わる「利部家」の由来というのを、子供の頃から事あるたびに雄治郎爺様に聞かされていました・・。
それによると、室町幕府八代将軍である足利義政の側室が城内の権力争いに巻き込まれ、蝦夷地に下野させられる途中身籠っていることが判ったので、出産のため秋田の地に留まり、足利の利の一文字と源氏由来の「丸に二両引き」の家紋を受け継ぎ、利部と改名した子の末裔だ・・という事だったはずですが・・。
これを見ると、カガブはカカフ(草地)から変化したものと断定されていて、爺様から聞いた話は一言も出て来てないんですが・・(@_@;)
つうことは・・僕の先祖はそんな雅な貴族の出とかじゃなく、元々野っぱらの住人(今風にいうとホームレス?)だったということみたいですね・・。
丸山浩一著 「あきた名字物語」から抜粋
コメント失礼します。私の母も、旧姓が利部でした。祖父は秋田市出身です。私の母も、足利家に仕えたと先祖から聴いていたそうです。家紋も同じですが、ご先祖様からの言い伝えは、お伽話のような、話だったのでしょうかね。これが本当だとすると残念です。
こんにちは!
コメントありがとうございます。
そうですか、であれば我々は遠い親戚にあたると思います・・(^_^;)
それと本当のところ、僕は辞典よりも先祖代々の口伝の方を信じています。
太平洋戦争のころ本家だった僕の親父の実家は火事にあい家系図が喪失してしまったようですが、いつかは専門家に頼んで証明してやろうと思っています。