化石(ばけものいし)・・③

江戸時代の紀行家菅江真澄が200年以上前の秋田をつぶさに記した「月の出羽路仙北郡」という紀行書があります・・。

それには後三年の役があった古戦場の金沢には矢立杉という大杉がある。近くに当時の勇者鎌倉権五郎景正を祀った高名塚があり、その塚の高さは二三丈程で、下には古来化石(ばけものいし)と言われる物がある。当時は景正に殺された怨霊が哭く声が聞こえたと言い、今も時々糸車のような音が聞こえるというという文章に興味をひかれ秋田県南部美郷町に来ました・・。

ちなみにこの右目を射抜かれている武将が今回の伝説と深く関わり合いのある「鎌倉権五郎景正」・・。

彼に纏わる逸話は界隈に数多く残されていて、後三年の役(1083年)で右目を敵に射られながらも奮戦し勝利した場面は歌舞伎十八番の演目に数えられ、現在でも市川海老蔵が演じていますし、横手に伝わる伝統行事「かまくら」も鎌倉の名字を持つ彼を祀る為に始められたという伝説もあるようです・・。

これが月の出羽路に記されている「矢立杉」・・。

昭和初期に雷が落ちて上部は折れてしまい、現在は保護のためこのような囲いがありました・・。

古地図をみるとどう考えてもこの矢立過ぎの右側にあるはずなんだよなぁ・・。

やっぱもう撤去されたのかなァと、諦めて石の階段を下りて行くと・・ちょっと違和感のある巨石が参道脇に横たわっていました・・。

「ん・・まてよ・・さっきのバサマが(あの公園作る時化物石は削られだが、寄せらえだがしたはずだどもな)って言ってたけど・・・この削られた跡のあるような石の事なんじゃねーか?

真偽は定かではないけど・・時間も無いし、ちょっとめんどくさくなってきたので、僕的に化け物石はコレに決定しました・・(^_^;)

近くの「厨川」には片目が無いメッコカジカ↑↑というのがいるそうです・・。

これもまた鎌倉権五郎の逸話で、彼が射られた直後この川で目を洗ったら、その後厨川に棲む全部のカジカの右目が無くなったという伝説が残っています・・。

その後男鹿水族館の研究チームが調査した結果、実際カジカの右目がカビの一種に侵され機能しなくなっている個体もいたらしく、それが何故右目だけ病気なのかは検討がつかなかったそうです・・。

 

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